ムーリの洞窟 1
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さっき、マッカがおれんとこに来た。
あいつってば、風のように現れるんだぜ。それも突然にさ。
用事はなんだって言うと、パソコンの調子が悪いから見てくれなんて言うんだぜ。
電源ボタンを押しても、うんともすんとも言わないらしいんだ。
おまえのパソコンが壊れたところで、おれのほうはこれっぽっちも困らない。
でもパソコンが壊れたら、パソコンがかわいそうだろ。
だからしょうがなく見てやったんだ。
そういえばマッカは、去るときも風のように行きやがるんだぜ。こっちも突然さ。
直ったパソコンを手提げに入れると、ぎこちなくあいつは笑って、ありがとう。と呟いただろ。
お茶のお代わりを、と思って戸棚を探したら、去年の暮れにマッカがよこした高い豆があったんだ。
そういえばあいつ、茶よりもコーヒーが好きだ。
煎りたてを淹れようか、なんて振り向いてマッカを見ると、ちょうどさ。
あいつのコートの裾が廊下に消えるところだったんだ。
おれはさ、その時どうしたかって云うと、びっくりしちゃって。
そいで、危うくムーリを呼びそうになっちゃったんだな。
もちろんマッカを呼び止めてもらおうと思って。
けれども、もうムーリはこの世にはいないんだよな。
ムーリは洞窟に入って行っちゃったきり、もう1年も出てきやしない。
戸棚の奥の方に半分ほど残ってる茶を、左手に持ち替えたマッカの豆といっしょに眺めるとさ。
この茶はムーリが死ぬ前に買ってきたものだとか、
マッカがくるたびにおれはその茶を出すことにしてることとか、
そんなことが頭に浮かんでくるんだ。
この茶はさ、どっかからムーリが買ってきたものだけど、これもマッカの豆に負けず劣らず美味い茶なんだ。
でもあいつ、お茶を淹れようって意気込んで、何もないところでけつまづいて半分も床にぶちまけた。
しょうがないからこぼしたお茶は、おれが拾って片付けた。
床に落ちたものだから飲めないけれど、少しをつまんで、灰皿において火をつけるといい香りがするんだ。
まあ、色々な意味で、おおむね、美味い茶だと言っていいと思う。